自分磨き??

私の伯母は、歳ををとってからはよく愚痴を言う人でした。喋ること喋ること愚痴ばかりで話を聞くとストレスがたまって嫌になることがしょっちゅうでした。
だから
「歳をとってもそうならないように気をつけないと。愚痴は言わないように」
というのがきっときっと伯母の教えなのでしょう。

伯母が体調を崩す前、認知症が少し始まったのを悩んでいました。
それで私が伯母から財産管理について相談を受けました。その流れもあり、その後伯母の財産を私が管理していました。
病院の入院費の支払い、施設利用料の引き落としや税金、光熱費や保険金などの支払いや引き落とし管理など面倒なことも全て行いました。
伯母が入院時に病院内で徘徊して病院から疎まれ施設へ入所するまでの手配や手続きなども、自分自身の活動が本当に大変な時期で本番近くだったけどやりきりました。
伯母が入っている施設へのボランティア演奏を行なったり(これは一度だけでしたが)誤嚥性肺炎で入院退院した時の手配やその後の治療方法などを決めたり相談したりも、伯母のことを考え一生懸命どうしたら良いか決断して対処しました。
それが伯母にとってベストだったかはわかりませんが、私自身の中では後悔はありません。
今考えると、伯母は生きたいのと生きたくないのとの狭間で葛藤していたのでしょう。その時は精一杯で、そこまで分かってあげられれず、励ますことしか出来なかった。言葉も足りなくて申し訳なかったけど、あの時私に出来ることは精一杯やったつもりです。
そして亡くなった時も、夜中に施設へとんでいって徹夜で医師との立ち会いや、葬儀屋への見送りや手続きもやりました。

弟は、証券会社のカードなどを一時的に伯母から預リました。その後、伯母が「○○ちゃんが私の証券会社のカードを持っていってしまって返してくれない」とか「お金を300万円持っていってしまう」とか、弟に不信感を抱いパニクリました。その時の経緯は私は知らないので何も言えませんが、伯母が認知症で、それが典型的な症状だったとも思えますし、弟がちょっと行き過ぎた行動をとったのかもしれません。
でも弟はそれが理解出来なかったので、根に持ってしまい、伯母の御見舞やその後の世話は全くしてくれなくなリました。
妹は私の愚痴をきいてはくれたけと、自分自身の子供がまだ小さくてそれどころではなく、
従姉妹の一人は自分自身の親の介護でそれどころではなく、もう一人の従姉妹は遠方に住んでいてというわけで
まぁかろうじて出来る私がというのが流れだったのだというか、
私だって仕事や、音楽活動や、家庭との両立とても大変だったんだけど、そんなことは考えていられない感じでやっていました。
今思うと神様が「その修行を頑張れ」と考えて与えてくださったのだから、ありがたいと思わなきゃいけないんです。
というわけで愚痴は言っちゃいけないんですよね…

そして伯母が亡くなってからの相続問題がまた大変で…
伯父が亡くなっていたので、直接の相続人は、父と従姉妹二人。
弟は、私が管理していた伯母の財産を全部仕切りだし、昔の父と伯父の代の土地問題やお墓の管理問題を持ち出して、なかなか従姉妹に渡そうとしないんです。
私が弟に逆らいきれずに、伯母の財産を弟に任せてしまったことにも問題はあるのですが。(母が亡くなった時に従姉妹と仲良く喋っただけで罵られ、大変なストレスだったため、ゴチャゴチャ言われるのが嫌で渡してしまいました)
そこで、これではいけないと、
弁護士やってる、息子のお嫁ちゃんに頼んで弟を説得してもらい、
私自身が弟と従姉妹達の間に入って、本当に苦労をして、やっとのことで伯母の相続問題を解決しました。一年四ヶ月かかりました。(本当に一言では言えないくらい大変でしたけど)
それもこれも「私の修行が足らないと、神様が私に与えてくださった仕事に違いない」のでありがたいと思わなければいけないのです。

おかげさまでそんなこんなでやっとこさ、伯母の相続問題が、裁判にもならずに片付いて
(これは最終的に相続人本人の従姉妹や従姉妹のご主人様も色々動いてくださいました)
私は認知症の父をなだめすかし、これ以上問題がこじれないないように、
あとは伯母が残した面倒な土地の処理の手続きを進めています。まだまだ大変です(この土地は道路に面していないため売るにも売れず、父が伯母から預かりずっと畑をしていだけど、隣の土地の持ち主との関係が悪く大変面倒な土地なんです)

そう、伯母は私の本番がきちんとこなせるようにと、そして徹夜でも東京にミュージカルを友達と観に行く約束を守れるようにと、それが叶うように自分が逝く時を選んでくれたんです。
本当にそれは有り難いことなんです。
ちゃんとそれを思って愚痴は言っちゃいけないんです。


そこまでが伯母関係の話で、
ここからは自分の兄妹や家族の話

父の認知症がどんどんひどくなって
父が頼ってくるのは私ばかり。
確かに私はおかげさまで、子供はそれなりに自立したし、
でも音楽活動や仕事など責任ある仕事と両立しながら 
父が少しでも幸せに自立して生活できる時間を長く持てるように。幸せな余生を過ごせるようにと考えて 
これまで介護認定を取ったり、ケアマネさんに色々助けていただきながら
父の説得、例えば施設に通う手続きや運転免許返上の手続き、ガスコンロから電気コンロへの変換説得なと。病院への付き添いや寂しくないように旅行似も時々連れて行ったり。その他本当に色々考えて頑張ってきたんです。
 
それとは別に私には夢があって。
大好きな仲間や、私の周りの色んなひと達、それだけでなくて心が傷ついた人たち
そんな感じ人たちがいつでも集まって楽しい時間を過ごせる、音楽で癒される、そこにいる人同士で元気になれる
そんな空間「音楽スペース」みたいなものが作りたい。

伯母が、住んでいた土地(私の実家がある場所)を、最期の遺言のように
「あそこは良いところだ。手放してはいけない。」
と言ったのを思いだし、そこにそんな場所を作りたいと思ったのがまず身の程知らずでした。
弟は建物が大きすぎると反対。
弟のためにこんなに苦労してるのにと思ってしまう自分自身の葛藤に負け、主人に愚痴をこぼしていたのが裏目に出て、
上から目線になりがちで、
人当たりに不器用な主人の性格が、私を思うあまり出しゃばりすぎ、
返って引っ掻き回してしまいゴタゴタに。
私自身もあまりに弟を悪く言う主人に腹がたって(私が弟の愚痴を主人に言ったのが原因なんだけど)主人と喧嘩になってしまう有様。
私にはまだまだ修行が足りなかったから。

やはり伯母の教え
愚痴は言ってはならず
人の悪口は言ってはならず
身を持って教えてもらったはずなのに。

それでもどこか頭の隅で思ってしまう気持ち。
伯母の相続問題は、私は直接の相続人ではなく、父と従姉妹たち。
それが上手くいくように尽力を尽くした私の努力は?
父は認知症で生きているけれど、考え方の難しい弟と遠方の妹
やがておきるだろう、いや始まっている相続問題はどうなるの?

 
母の教えは、
人のために生きなさい。人に喜んでもらえることを。

それを思い続けているはずなのだけど、それ自体が私自身のエゴなのか?
まだまだ修行が足らないからこういうことになるのよね?
わかっているはず、
受け入れられるだけのそれだけの器があれば、自然と神様から与えられるはず。
まだまだ、とこかで逃げている。
愚痴を言ったり、人を受け入れられない自分がいるから。
もっと心を磨きなさいと。

ところで、愚痴を言うのを我慢して、こうして書いて、そして私はどうするのか?
やはりまだ修行が足りないから、ひとりで解決は出来ずに誰かに発散してしまうのはやはり器不足なのか?
きっとそうですね。
まだまだこれから起こる納得のいかないことに自分自身をさらして、前を向き続けて行かねば、思いは叶いませんね。
その思いそのものが、己の欲にならないように
そこまで自分を磨ける日が来るのでしょうか。


ご縁があって、こんなこと読んでくださった方はきっと神様ですね。
ごめんなさい。
そして本当にありがとうございました。